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2011年05月18日

Tomoki Imai: A TREE OF NIGHT

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去年のパリフォトでお披露目した、今井智己写真集『A TREE OF NIGHT』の発売を今週末の土曜日に開始します。
写真集の販売、写真のオークション、ギャラリーなどをウェブサイト上で展開する「Photo-eye」が毎年行っている「THE BEST BOOKS OF 2010」にも選出されちゃいました〜。

下記、連載「町口覚の解体」コマーシャルフォト2011年5月号より

 デビュー写真集『真昼』(青幻舎/2001年)の制作以来の付き合いになる写真家の今井智己くんは、その後もしっかりと写真と向き合いつづけ、2009年に『光と重力』(リトルモア)を発表する。コンスタントに今井くんの写真を見つづけてきた俺は、『光と重力』の発表後すぐに、新たな写真集の刊行を提案する。条件は、35ミリのカラー写真であるということと、写真点数が少ない写真集にするということ…。

 1枚目、古びた喫茶店のエントランス。2、3、4枚目、点字図書の複写。5枚目、人気のないオフィス街の交差点で傘を差し信号待ちをする男と女。6枚目、点字図書の複写。7枚目、歩行者用信号機。8枚目、公園の噴水。9、10枚目、点字図書の複写。11枚目、静かに揺らぐ煙。12枚目、点字図書の複写。13枚目、化粧室の鏡。14枚目、点字図書の複写。15枚目、檻の中の白い鳥。16、17、18枚目、歩道に埋め込まれた点字ブロック。19枚目、街路樹。
 この写真集は24頁、35ミリのカラー写真19枚で構成されている。
 今井くんが俺の条件を揃えて持ってきた写真の中で、俺が心を動かされたのは、点字図書が複写された8枚の写真。点字図書は複写なので、点字の凹凸に触れても凹凸を感じることはできない。しかし、点字を視覚で捉える俺には、点字であることは理解することができる。そこにはなにが書かれているのか?
 これは、トルーマン・カポーティの短篇集『夜の樹』である。
 例えば、人気のないオフィス街の交差点で傘を差し信号待ちをする男と女は、『「今日は何曜日?」「日曜日」彼は、掛け布団にもぐり込み、脚の上に盆を置きながらいった。「でも教会の鐘が聞こえない」彼女は言った。「それに、雨が降っている」』という一説。
 例えば、化粧室の鏡は、『背の高い、華奢なストゥールに坐って、このソーダ・ファウンテン越しに向うを見ると、一列に並んだ、古いマホガニー枠のついた鏡に、自分の姿がろうそくに照らし出されたように柔らかく映っているのが見えた。』という一説。
 例えば、檻の中の白い鳥は、『鳥籠には覆いがかけられている。彼女はその下を覗き込んだ。「カナリアね」彼女は言った。「起してもいいかしら。声を聞きたいわ」』という一説。

 解体後、俺の仕事場で今井くんと、改めて少し話をした。
 写真に対して違う角度から見つめ直すきっかけにしたかったということ。点字図書を題材にしようと思ったが、カポーティの『夜の樹』は、必然ではなかったということ。写真家がものを見る、ということはなんなのか。写真は目が見えない人にとっては、まったく意味がないものなのではないか。そして写真家と目が見えない人とは、決して交わることはできないのではないか。そんな自問を繰り返し、写真と、この写真集に向き合った今井くんは、目に見えるものと見えないものの境界を旅する写真家としての、その宿命をしっかりと背負うことのできる写真家になったのだと俺は思った。
 素敵になったね、今井くん。

投稿者 町口覚 :15:02